コロナでうろたえることなく「シン・ニホン」を読んで未来を考えましょう

コロナウィルスの影響が世界中で大きく広がり、各種大型イベントやテーマパークの営業の中止、自宅ワークの推奨など大きな変化が起こっていますね。

昨年末の増税や少子高齢化・経済低迷のトレンドと相まって東京オリンピックの中止や日本経済の先行きへの懸念が強まり、株価も暴落しています。

俯瞰すると、2011年がそうだったように、この2020年は語り継がれる大きな時代の変曲点となりそうです。

今後の10年を考える上で大事なのは紛れもなくテクノロジー、特にAIによる産業や社会生活の変化であることはほぼ異論がないでしょう。

本記事タイトルで掲げた「シン・ニホン」という本は、まさにこのAIによる今後の10年を考える上で大事な視座が多数提示されており、自宅にいる時間が増えるこの2月末から3月にかけて読んで深く考えるきっかけとなる良書です。

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僕も実はAIに関連する企業で働いており、各種業界の方とお話する機会が多いのですが、このAIという言葉とその理解が人によりバラバラで、同じ認識で会話することが難しく感じることが多々あります。

いくつか例をあげてみるとこんなところです。

これってAIなの?それとも人力?



こういうような発言を耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

AIは何でも簡単に自動化・最適化してくれる魔法のツール・仕組みで、その対立項にあるのが人間が介在する手作業を伴うものという理解を示す言葉です。

「シン・ニホン」の中で著者の安宅氏は、次のように述べています。


速い計算環境、もしくは計算機(コンピュータ)に、情報を処理したりパターン学習したりするための情報科学技術(アルゴリズム群)を実装し、最終目的に即した膨大な訓練を与えたものだ。
(中略)
言ってみれば計算機×アルゴリズム×データ=AIということになる。
(中略)
AIとはArtificial Intelligenceの略。ArtificialとはNatural(天然、人間を介さない)ではない、人間が何らかの技で作り上げたという意味である。



データを学習させるには総じて人間の工数が必要、多くの場合はかなり手間暇のかかる泥臭い作業が発生します。

つまり限定的な処理を司るAIでも、そのAIを作り上げるために大変な人力が必要になるというわけです。

AI=機械に対して人間を対立軸としてとらえ、更にはAIは人間の仕事を奪うものという理解は間違っているといっていいでしょうね。

もっとひどい場合、自動化(システム化)=AIというノリで話が展開されることもあり、会話のキャッチボールが難しくなることがよくあります。

このあたりは終身雇用を前提に社会人になれば勉強しなくても何とかなっていた昭和時代の名残でしょうか。

AIは人間以上に何でもできるようになる?汎用型AI(AGI)の実現は間近?



AlphaGoが世界トップ棋士である柯潔に勝利したニュースを契機に人間の妄想が先走り、人間のようにもっと何でもできるAI作ってよという要望もよく聞きます。

そういう前にもっとAIの事例の仕組みや先端の研究動向を自分で調べてみてよって言いたくなりますね。

本著書で安宅氏はこう述べています。


我々の持つ知性とAIのもっとも本質的な違いの一つは、AI、機械知性はイミを実感のあるものとしては何も理解していないということだ。(中略)つまりAIは、識別は見事にできても本質的に「知覚」していないのだ。



もう一つの本質的は違いは、AIには「意志」がないということだ。そのため何がどうあるべきか、どうでありたいと自律的に判断することができない。



だからといってAIが「大したことないもの」でないのも明らかで、限定的な領域で人間と比較しようもない速さでデータを自動処理できてしまうのは事実ですね。

ただ、そういった「弱い」限定領域のAIはできてしまえば、さくさく仕事をしてくれますが、そのAIを作り上げるには人手を介した膨大なデータの学習(コスト)がかかることをきちんと認識しないといけないわけです。

その他、この本には以下のようなこれから個人としてあるいは組織として生き抜いていく上で気づきを得られる内容が多数ちりばめられています。
  • ○○が知覚を鍛える
  • 知覚は○○から生まれる
  • スポンジ力よりも○○力
  • ○○が起きていない段階の比較的若い人から新しいアイデアが生まれる
  • 面白いことを仕掛けられるかどうかは結局その人の○○が大事



自宅で過ごす時間が増えるこのタイミングに本書を手にとって、未来に向けて思考を深めてみてはいかがでしょうか。



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