【感想と考察】「ものの見方が変わる 座右の寓話」からみる明日への指針

テクノロジーの進化やグローバルでの政治経済などの変化により、従来からのものの考え方、捉え方が通用しなくなってきていることは論を待たないですね。

日々の仕事や人間関係についても自分の頭で考え続けないと、すぐに過去の人となってしまいます。

こうした中で、隙間時間を使った耳からのインプットで、簡単にわかりやすく多面的思考を腹落ちさせてくれるコンテンツとして、このオーディオブックはとてもよいです。



このコンテンツの中には日本のみならず、イソップ物語など世界の多数の寓話が引用され、今の時代にとても役立つ人間や社会への示唆が語られています。

中でも僕が印象に残ったのは「カエル」を題材にした以下の3つの寓話です。

一つ目は江戸時代に柴田鳩翁という心学者が書いた寓話、「京の蛙と大阪の蛙」です。

京都から大阪をひと目みたいと山を越えて旅するカエルと、大阪から京都をひと目みたいと山を越えて旅するカエル。

この二匹のカエルが途中の山頂でバッタリ出会い、お互いの目的を確認した後、二匹が前脚を合わせてそれぞれ二本の後脚で立ち上がり、目的地を眺めるのです。

目の前に映った光景に、二匹は失望し、そこでUターンして故郷に帰っていったというお話になります。

オチとしては、カエルは背中に目がついているので、二本の脚で立ち上がると、目の前に映る光景は進行方向と逆になる、つまり大阪から来たカエルは目的地である京都ではなく、故郷の大阪の街並みを見ていたという笑い話です。

複数の示唆がありますね。

もしこの二匹が出会わなかったらこんなことにはならなかったわけで、盲目的に見ず知らずの相手を信じてしまうことの警告と言えます。

背中で見た光景ということに着目するなら、目の前にうつることだけで判断してしまうことへの警告ともとれます。

視覚以外に方角を感知するセンサーがあったらこんな結果にならなかったわけですからね。

自分の認識の限界を知って、機械の力を知恵で活用することも必要ですね。


二つ目は、「カエルとサソリ」というネットコンテンツをもとにした寓話です。

川を渡ろうとしていたサソリはやってきたカエルにおぶってくれるように頼みます。

カエルはサソリに刺されて溺れ死ぬことを恐れて一度は断ります。

しかし、サソリの言葉(カエルの背中に乗って川を渡っている最中にカエルを刺したら、自分も溺れ死ぬだけだから刺すわけがない)を信じてサソリを背中に乗せて川を渡ります。

川を渡り始めると、背中に痛みを感じ溺れていく中、カエルはなぜサソリに刺したのかを聞きます。

サソリはそれが自分の性だからと答えるのです。

理性的にはすべきでないことも、簡単に欲望に溺れてブレーキが効かなくなる人間への戒めですね。

こういった事象はあげればキリがないほどですね。

うちの会社でも、最近パワハラ、セクハラ問題、不適切投稿などの事件が発生しました。

自分をコントロールするため、僕は瞑想、読書、メモによる振り返りなどを心がけています。


三つ目は「人生を変える3分間の物語」(ミシェル・ビクマル著)から「カエルの登山」という話です。

一度は山に登りたいと考えていた10匹のカエルの話です。

出発の際、他のカエルから、登山の途中ではウサギなどから無理だからやめておけと忠告されます。

途中五匹、二匹、更に二匹が周りの動物の野次に促されて登山を諦め、脱落していきます。

最後一匹だけが登頂に成功します。

登頂の秘訣を聞かれたこのカエルは、実は耳が聞こえなかったというオチです。

昨今の成功者の話に通じる話ですね。

世の中には本当に根拠のうすい俗説が溢れていますから、流されないよう注意が必要です。

属人的なサンプル数1の成功体験談にも気をつけないといけないですね。

自慢と支配欲がからむので、こういった類いには特に注意が必要です。

変化の激しいこれからの時代はとにかく自分の頭で考え、隙間を見つけて仮説を立てて高速で見直していく必要がありますね。


このオーディオブックの寓話にカエルが多く登場するのも面白いです。

可愛げがあってどこか抜けたところのある風貌が、こうした笑いを誘い示唆に富む寓話にうってつけだったのでしょう。

当のカエルからしてみれば、勝手に人間に間抜けな存在として取り上げられ、迷惑がっているかもしれませんが。

何はともあれ、先の読みにくい今の世の中で手軽に学べるよいコンテンツです。


耳を活かしていきましょう!

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