【感想】シノビノ5巻~甚三郎の戦い方から何を学べるか

※1巻から感想はこちら

この5巻冒頭で主人公の甚三郎は、個性的な6人からなる新撰組と対峙します。

この爺さん忍びの戦い方を、抽象度を上げて捉えると、個人としても企業としても学ぶべき点があります。

シノビノ5

自然や他人をうまく自分の力として活用している



5巻冒頭の忍ノ38話で、新選組6人と対峙した甚三郎は、満月の光をバックに風で舞う木の葉の影に隠れて敵の死角から攻撃をしかけます。

力技や特殊な武器などで敵に真正面からぶち当たるような無茶な真似は絶対にしませんね。

忍ノ39話では、敵に包囲されたと思うとその前に二連射の握り鉄砲から玉を放ち、平助を呼び出し連携プレイを繰り出し、ピンチをあっさり脱出しています。

自分のこだわり、想いが強ければ強いほど自分の力を過信し、何でも自分でやってしまおうと考えがちです。

他人や広く社会資本、ひいては身近な自然界に存在するものの力を忘れがちです。

自分の好き嫌い、得意不得意をよりよくつかんで自分以外の力を使いこなしたいものです。


ところがこんな綺麗事が通用しないのも世の常。

他人を使うと今度はコミュニケーションコストが発生します。

他人は自分とは異なる人間なので、思い通りには動いてくれないことも沢山あります。

社会資本なら余計に説明や反論への説得など、面倒なことが多数生じます。

自然は当然人間の言うことなど御構いなしです。

過去の歴史をみればわかるように、一時期はうまく付き合うことができたとしてもそのうち、手痛い仕打ちをうけます。

じゃあ、どうすりゃあいいんだ?

それが次のテーマです。

先の先まで展開を読み、相手の出方に応じた技を予め仕込んである



自分、他人、社会、自然。

すべての状況は刻刻と変化しています。

ですから起こりうる変化に備えておくことが大事になります。

あらかじめ備えておくのと、起こってからどうすべきかを考えるのでは、瞬発力が違います。

ここでもう一つ大事になのは起こりうる可能性にヤマを張り過ぎないことですね。

ヤマを張り過ぎると、起こりうむ可能性が低いと予想したときの対応が雑になりがちです。

どう転んでもそれなりに対応できる状態にしておくことが長い目でみると大負けしないわけです。

博打人生は嫌なので。


人間の脳では過去の経験則を重視しこれまで通りが間違いない、過去の成功体験より失敗体験を想起することが多いという認知バイアスがかかることにも注意が必要です。

他人どころか自分さえも信用しきることは危険なわけです。

そしてこれらのことを一旦理解したとしても、成功体験が続くと人間はすぐに調子に乗り、内省を怠ってしまいがちです。

それを防ぐために、僕は毎日、毎週などの習慣的なサイクルで自分を点検するプロセスを生活に取り入れています。


人間ってすぐだめになる生き物ですからね。

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