デッドプール2の感想・考察~「心が正しい場所にないのよ」ってどこにあればいいの 

一作目に続いてシリーズ二作目を字幕版で観てきました。

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冒頭から007のパロディや、引火性物質の入ったドラム缶の上に寝そべった状態で火をつけて自爆するデッドプールが描かれ、おいおいどうなるんだよこの映画とツッコミをいられない展開でした。

エンドロールまで見終わって全体を振り返ると、この映画は冒頭のシーン同様、理性的には死をどう考えるか、感情的にはパロディネタを笑うために存在価値があるように思いました。

感想・考察:再生能力のあるデッドプールにとっての死とは?



なぜ冒頭でデッドプールか自爆するかというと、シリーズ前作で身を呈して守り抜いた最愛の恋人、 ヴァネッサが部屋に急襲してきた敵に撃たれて死んでしまったことによるものです。

デッドプールことヴェイドは急襲に気が付き、応戦して複数の敵を倒していったのですが、最後に残っていた一人の拳銃の引き金をひくタイミングが、ヴェイドの投げたナイフの命中するタイミングより一瞬早かったのです。

ちょうど二人でくつろぎ、いちゃついて子作りの話をしていた直後の出来事ですから、その消失感と半端ありません。

ヴェイドはその後、何度か夢の中、水中にいるヴェネッサに会います。

そこではヴェネッサとの間に壁があって近くまでは行けない上、こう言われます。

心が正しい場所にないのよ

意味深な言葉ですね。

最愛な人が死んでしまったから自分も死のう。

現実世界でも実際に頻発する現象です。



ヴェイドがその後、コロッサスにバラバラになった体を集められて再生し、ドタバタを繰り広げていく中、多数の人の様々な死の場面が描かれていきます。

表面上はギャグ、パロディ、グロいシーンのオンパレードとなりますが、多数描かれる死の意味を笑いの奥で視聴者に問いかけているように思えます。

  • ミュータントの14歳の少年、ラッセルが施設で大人から虐待されていたことがわかると、いとも簡単に大人たちを殺害し、刑務所行きとなるヴェイド
  • 刑務所ではラッセルの命を狙って未来からタイムマシンを使って現れるケーブル。彼は未来の時空間でラッセルに両親を殺害されていた
  • ヴェイドはラッセルを守り、ケーブルを倒すためXフォースを結成するも、女性のドミノ以外、スカイダイビングで降下中にあっさり命を落としてしまう
  • ヴェイドは首輪により不死身の能力を抹消された状態で、ラッセルの命を救うために銃弾に身を挺して死ぬ
  • 自らの命をかけて自分を救ってくれたヴェイドの行動に、ラッセルは改心する
  • その結果、未来の現実が書き換えられ、ケーブルの家族はラッセルに殺されずに済む
  • 最初はヴェイドと敵対していたケーブルは、未来からもってきた小型のタイムマシンの力を使ってヴェイドの命を救う


心の正しい場所とはどこだったのでしょう。

爆発で身体がバラバラになっても再生する能力のあるデッドプールにとって、死とは経験しえない現象でした。

自分の死が経験しえないものであれば、他人の死も大した意味をもたなくなるわけです。

しかし上記の多数の人々の死の展開を振り返ると、そこには意味の連鎖が起きており、結果として人の行動に変化が生まれていることがわかります。


最愛の人が死んだから自分も死のう。それでは自分と他人が区別されていませんね。

出来事の因果を考えて行動すれば、それがまた別の意味ある因果をもたらす。

それを常に考えられる場所に心をおいておきたいですね。

デッドプールはヒーローなのか? (2016/6/9)

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著者の紹介

十代の一人娘と子猫と暮らすという、レア人種のアラフィフ男子。 ユニークな遊び体験やコンテンツ作品の背景にある社会や人の本質について、感じ、考えたことを発信しています。

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