月曜日の友達 2巻 最終回の感想〜超能力の意味とは? 

ついに最終話をむかえる2巻が2018/2/23に発売されました。(1巻のあらすじと考察はこちら

出会い、理解、誤解、別れ、想いの再確認、謝罪と和解、理解の深まり、未来への展望。

月曜日の夜の校庭を舞台の中心として、詩的で映像的なコマ割りで、思春期独特の揺れ動く友人関係の心理が巧みに描かれています。

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この作品のクライマックスは、2巻の終盤で、ゲーム機を忘れたのに月野水谷が握手した途端、月野が求めていた超能力が発動する前後にあります。

大きなカタルシスをもたらす部分。

ここで机とともに二人の身体が宙にういていく描写は何を意味しているのでしょうか。

超能力の根底にあるのは人の強力な念、想いです。

月野にとってこの超能力が意味する想いとは何だったのでしょうか。
それは月野のこの言葉でわかります。


何でもいい。
一芸でもいい。
人と違えば
普通じゃなければ
特別になれる。
特別は価値だ。


月曜日の友達 2巻 より引用



彼は自分のことを無価値で弱い人間だととらえ、自信がもてなかったわけですね。でも、特別な自分としてのアイデンティティを築きたい。自分の存在意義は何なのかという問い。

誰しも思春期に、いや一生かかって見つめていくテーマです。

ここで超能力が現実のものとして発動したということは、月野のこの想いが現実のものとなったということ、つまり自分の存在意義を見つけられたということです。

ではなぜ、超能力を発動できたのか。

漫画を読めば一目瞭然です。

超能力発動直前に、水谷はこう言いながら、手を差し出して月野と握手をします。


人が自ずと特別になるんじゃない。
人の心が人を特別にするんだ。

おまえはとっくに私の心の中で
くるおしいくらい
特別になってしまっているんだよ!


月曜日の友達 2巻 より引用



特別な存在になるために人は自分の能力を探った結果、悲観的になり、自分の殻に閉じこもってしまいがちです。

しかしこの漫画が教えてくれていることは、ありのままの自分で目の前にいる人と向き合い、言葉を交わし、心の交流をはかる、それは唯一無二の特別なことなんだというメッセージです。

学園を舞台とした漫画ですが、全ての人に大きな勇気を与えてくれる作品だと思います。

勇気。


そう、特別になれないと思ってしまっている人が身につけるべきはこの一歩踏み出す勇気なんだと思います。



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著者の紹介

十代の一人娘と子猫と暮らすという、レア人種のアラフィフ男子。 ユニークな遊び体験やコンテンツ作品の背景にある社会や人の本質について、感じ、考えたことを発信しています。

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