坂本龍一のドキュメンタリー映画から聴こえるasyncの意味とは? 

ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto: CODA」を週末観てきました。

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複数の意味で感慨深い作品です。

一つは僕にとって教授こと坂本龍一さんは特別な思い入れがあるからです。思春期に最も好きになった音楽家の一人であり、よくコンサートにも行き、拙いながらも何曲かコピーして自宅で演奏していたことがあります。

70年代のYMOでの海外コンサート、80年代の化粧をしていた頃や戦メリで役者として今はなきDavid Bowieと抱擁するシーン。

ラストエンペラーシェルタリング・スカイでの圧倒的な音響。

そして冒頭シーンで鳥肌モノの演奏が聴けた3.11震災直後の被災地コンサートでの戦メリ、レオナルド・ディカプリオの迫真の演技が記憶に新しい映画レヴェナント:蘇りし者での重厚な音と、時代とともに変化していく彼の姿と音は自分自身の変化とともに、社会環境の激変を再確認することにもなりました。

デビュー当時から既存の音楽の文法を壊し、クラシックとロック、テクノと民族音楽、オペラと電子音楽など異種領域を自分の感性で融合して今までにないキャッチーな一つの作品に仕立て上げるのが絶妙にうまい。

壊しすぎてマニアックになり過ぎると、誰もついてこれなく商業的にも成功しづらい。

そんな中でずっとポップさも失わず、人としての親しみやすさとかっこよさが絶妙なバランスにあるところが好きです。

今年3月にリリースされた最新のアルバムで自然の音とピアノをはじめとする楽音が「非同期(async)」で連なる音響世界が提示されたのも、坂本教授の音への探求・創作過程の中で自然な流れに思えました。

感性の波長が自分と合うから何を聴いても好きなんだろう。

こういった類の音楽に興味のない人が聴いたら眠くなるんだろうなと思います。

僕にとっては想像力を果てしなく喚起させる気持ちのよい音です。

アルバルタイトルのasyncにあるように、複数の音が別々のリズムで文字通り非同期で動いています。

この非同期の音を聴いていると、彼のインタビューでの言葉が思い起こされます。

「東京というのは現実と触れ合っていないドームの中の世界。電気が来なければ止まる人工的ファンタジアだよ。だからファンタジーを持続させるために保守的になる。」

自分が暮らしている日常、見聞きする世界、頭にある知識や認識を当たり前のものとして過ごしていますが、その世界とは完全に非同期の別世界が無数にあるということ。

もっというなら、自分の生活や認識こそファンタジー/虚構なのでないか。

知らない世界を知る努力を怠ると、人はますますあらぬ方向へ進んでしまう。

この世に絶対的真実は存在しないし、矛盾に満ちているのも人間そのものだとも思いつつ、広い世界を知る努力はいつまでも持ち続けていきたい。


このドキュメンタリー映画と最新アルバムを通してこんなことを思いました。



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著者 ”さぐりん”の紹介

十代の一人娘と子猫と暮らすという、レア人種のアラフィフ男子。 ユニークな遊び体験やコンテンツ作品の背景にある社会や人の本質について、感じ、考えたことを発信しています。

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