人はなぜお化け屋敷などの恐怖体験を求めるのか〜恐怖という感情の考察 

お化け屋敷に多数行くようになって、なぜ行きたくなるのか、この恐怖という感情は何なのかを整理したくなりました。

いくつか調べていく中で、自分の理解も兼ねてここにまとめてみます。

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なぜ恐怖というネガティヴな感情を喚起するホラー映画やお化け屋敷などに人は惹かれるのか



獰猛なクマやサメ、あるいはいかにもいかつい暴力的な人の近くにわざわざ自分から近づきたいと思う人はほとんどいないでしょう。

なぜなら身の危険を感じ、怖いからです。

ホラー映画やお化け屋敷も怖いですが、上記の恐怖と決定的に異なるのは、人はそれが虚構のものであると分かりきっているところです。

近づいても自分の身に危険が迫ることはないという安心・信頼の上に成立しています。

だから未知の恐怖体験を非日常的な刺激体験として楽しめるのです。

人は生来、好奇心があり、未知のものを知りたいとい欲望があります。恐怖対象にしても怖いけれど身の危険がないとわかっていれば好奇心の方が優りますね。

しかしいざ、目の前に恐怖の対象であるお化けが現れると、人は反射的に一目散に逃げるなどの反応をしてしまいます。

これは脳の最深部に位置する扁桃体という部位が目や耳からの情報から瞬間的に危険と判断し、その上部の視床下部を通して身体に指令がだされるからです。

この指令が交感神経を通して心臓を高鳴らせらり、鳥肌をたたせたりと身体反応を誘発しています。

普段よりも素早く動けるのは、同時にストレスホルモンの分泌が促されて血液の糖分増加し、エネルギー源になるからです。

一方、恐怖とは対象的な感動体験、快感処理もこの扁桃体と密接な関係をもち、部位として隣接する側坐核で処理され、快感を引き起こすドーパミン放出が要因といいます。

お化け屋敷は体験している最中、不安と恐怖に包まれていますが、虚構の装置なので必ず終わりがあります。

終わり=仲間との達成は報酬刺激となり、上記のドーパミン放出により快刺激となるのではないでしょうか。

(参考文献:「お化け屋敷で科学する」扶桑社、「Brain and Mind Vol.4」~恐怖する脳、感動する脳/「脳と学習」大隅プロジェクト広報室)

恐怖と不安はどう位置付けられるのか



お化け屋敷に入る前、人は不安に感じます。どうしよう、耐えられるだろうか。その時の感情は「不安」であり、まだ「恐怖」ではないですね。

恐怖は実際にお化け屋敷内に入り、お化けやその予兆の音などの演出に遭遇した時に初めて感じる感情です。

不安は日常生活で大小の差はあれど誰しも感じるものです。お金が将来なくなったらどうしよう、大きな病気になったらどうしようという気持ちですね。

一方日常生活で恐怖を感じることは相対的にはかなり少ないはずです。例えるなら、帰宅途中、通り魔や危険生物に遭遇した場合などに感じる感情です。

こうしてみると、恐怖に対して不安という感情は、その対象がはっきりしていない時の漠然とした感情といえそうです。

この二つの感情は近しい関係にありますが、こちらの大阪バイオサイエンス研究所の研究成果によれば、それぞれを引き起こす神経回路が別々に存在することがわかっています。

お化け屋敷のような恐怖体験に、人はどのような過程を経てはまっていくのか



ここに「獲得性動機に関する相反過程理論について」という論文があります。

簡単にいうと、恐怖という不快刺激を繰り返すほど、麻痺することでその不快感のレベルは低下し、代わりに事後の安堵感から生まれる快反応は繰り返すほど強くなり、かつ持続期間が長くなっていくというものです。

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何だか怖くなってくる話ですね。



本記事のまとめ



書きながら頭が整理されていきました。快楽や恐怖といった極端な刺激はほどほどに謹んで楽しみましょう(笑)。




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著者 ”さぐりん”の紹介

十代の一人娘と子猫と暮らすという、レア人種のアラフィフ男子。 ユニークな遊び体験やコンテンツ作品の背景にある社会や人の本質について、感じ、考えたことを発信しています。

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